圧倒的情報と情報探索のミクロ化によって、自分のしている歴史の端くれをほじくっていることが恥ずべきことだと思ってしまいます。知っている調べているということは、この本のように書けてこそいえることです。ネットの特定サイトにも通じるこの記事群は、もうちょっと・・言い表すことが出来ません。 こういう情報のなかに自分が持っているものを見つけたならば、それはその作者といかにも同時代にいるかのような錯覚に陥ってしまうが、絶対にそれは近づけない距離を知ったことになるわけです。自分の所有する一つが著者にとっては1/1000にも値しないことを知ってしまったわけですから。 |